第一回 生物機能化学研究室の門出

これまでに桜水会報(校友会報)に掲載してきた、過去の研究室便りをご紹介します。

平成22年度研究室便り

平成22年度から生物機能化学研究室として独立して研究と教育を担当することになりました。部屋はとても小さく、10号館の裏にある海洋センター2階の免疫学実験室で活動を行っております。人数もわずか数人で研究を行っておりますが、小さな部屋から世界へ情報を発信してきております。 この部屋の現在の研究テーマは①GH遺伝子組み換えアマゴを用いた巨大成長とその生理機能に関する研究。②オタマジャクシをモデルにした捕食者(サンサショウオ)誘導における表現系の可塑性に関する研究。③深海に生息する耐熱性ゴカイの耐熱メカニズムの研究。この3本を柱に研究を進めております。①の研究概要は成長ホルモン遺伝子を組み換えたアマゴはそのコントロール(非組み換え体)と比べると平均で4から5倍のスピードで成長します。大きなものでは30倍近い高成長を示すのです。そのため、アメリカでは食用としてこのような遺伝子組み換えサケの食品への利用を目的にFDAに申請を行っており、我々日本人も近いうちに口にする可能性もあるでしょう。私達はこの高成長を示す遺伝子組み換えアマゴを用いて、高成長と引き換えに身体の中で何が起きているのかを遺伝子や蛋白、そして代謝産物から解析しております。これにより、高成長の秘密や、食品としての魚の安全性評価にも繋がる研究を行っております。②はエゾアカガエルのオタマジャクシがサンショウウオと一緒にして飼育すると頭胴部が膨らみ尾部が高くなる現象が見られます。また、捕食者を取り除くと元の形に戻ります。これを表現系の可塑性といいます。私達はこの現象を何年もかけて調べてきております。最近、やっと膨らむためには頭胴部のヒアルロン酸に体液(水)が結合して膨らんでいることや、水が体外に出ないように体の表皮を耐水性の膜が包み込むようになっていることなど、その他の分子生物学的なメカニズムが明らかになってきました。③の研究は深海の熱水口付近に棲む、マリアナイトエラゴカイというゴカイがいるのですが、なぜこのゴカイが60度以上もの高温で生息できるのかを遺伝子と蛋白のレベルから解析しております。

このような研究成果の殆どは卒論から見出されてきております。そして、私が多くの学生の卒業研究を行う姿から思うことは、やはり卒業研究は単に卒業の単位としてではなく、学生の能力を高めるために必要だなと思うのです。

研究室に配属されて初めて行う卒業研究は多くの学生に取って、自分の頭と格闘する初めての機会だと思うのです。英語で書かれた論文を読み、教えられた方法を何度も行いながら熟練していく必要があります。どの仕事も簡単なものは無く、それなりに大変です。でも、こつこつと丁寧に積み重ねていくことで初めて誰も見ることのできなかった全体像が明らかになります。

でもこれが実に大変です。直ぐに答えは出ないし、迷い道に入り込み、何ヶ月も苦しみ抜きます。嫌になって投げ出してしまいそうになる学生も沢山います。しかし、卒業して実社会に出てみれば、そんなレベルでは無く大変です。ですから、どんなに苦しくても、卒論を投げ出さず、頑張り抜いて欲しいと願うのです。この頑張りが世の中に出た時に、あの時、あんなに頑張れたのだから、今回も大丈夫に違いない!などと微かな自信に繋がると思うのです。でも、もしその逆ならどうでしょう。“どうせ、俺はついていないのさ!”などと呟いて、また逃げ出したくなるような気がするのです。

さて、やっとのことで学生が卒業した後、今度は私に地獄が待っています。 学生が出してくれていた結果が上手くいっていると信じていても、いざ論文にしょうと、そのデーターを並べ、じっーと図表などと見比べていると、名状しがたい漠然とした不安がよぎることがあります。“何か、変だ!”解るのではなく、感じるレベルでデーターの中に以前には気が付かなかった歪さを見出す時があります。

不安にかられ、徹底的にデーターを調べてみると“なんじゃこれはー! 全部やり直しじゃないか!”などということもありました。その時は、残った学生と私が真夜中の3時頃まで何ヶ月もかかってようやく完成し、どうにかある国際誌に論文を出せたので、本当に良かったのですが、もう少しで私も逃げ出したくなるところでした。

人生は苦である!でも、だからこそ、面白いのである。どうやってこの難局を乗り切るのか?ここを超えることが出来れば、次の難局がくるほんの少しの合間は愉快だろうなと思って生きている今日この頃であります。

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