第三回 人の視野
平成24年度 研究室便り
“人間ならば誰にでも、現実の全てが見える訳では無い。多くの人は、見たいと思う現実しか見ていない”と云うのは2千年以上前のユリウス、カエサルの言葉である。
研究をやっている者にとってはこの言葉は実に正鵠を射る言葉である。
仮説としてはこのようになるかもしれない! 否、こうなるに違いない。イヤイヤ、こうに決まっている! 否、こういう事にした!こんな漫画のようにデーターを改竄して論文を作成する者が実在することは新聞報道のレベルからですら枚挙に暇がない。
しかし、これは人間が実は全く何も見えていないから起きる現象なのだと思う。
我々人間が見えていると信じている物事や核心を持って願っている事柄も、実は本当はその時点では何も見えておらず、その時願っている事柄も結果としては悔恨を招くことになるかもしれない可能性を秘めていることを、一体どれだけの人間が認識しているのだろか。
今年、私と一緒に長い間、研究を続けてくれた杉山君が学位を取得した。研究の内容は成長ホルモン(GH)遺伝子組換えアマゴの生理メカニズムに関する研究であったが、彼がこの研究に着手するや、すぐに壁にぶちあたり、にっちもさっちも行かない状況が続いた。しかし、色々な角度から研究を展開して行くうちに少しずつ成果は出てきた。 本当にかなりの時間を要したが、彼が英文で書いた第一著者の論文を日本国内の雑誌に彼は1本持っていたが、彼の学位取得には、外国の雑誌にも彼自身が書いた第一著者の論文を1本出すことが必要であると、私も彼も決めていたのだった。
そのため、私も出したことのある普通の国際誌(インパクトファクター3程度の雑誌)に彼のデーターをまとめさせて投稿したのであった。投稿から4ヵ月半も待たされた頃に、その論文の審査結果が送られてきた。結果は“この論文は棄却する!”であった。しかし、その理由はXXX行の文章が判りづらい、XXX行の文章が判りづらいなど数個の指摘と最後に、この論文は赤や青、そして緑色を使ったグラフがあり、色盲患者に対して配慮が無い!との指摘であった。研究内容や実験方法に関しての指摘は全く記されていない。
これで4ヵ月半も待たされて棄却とはどういう事か!この瞬間、彼は博士後期の3年間での学位取得は出来なくなってしました。
私も彼も頭を抱えてしまった。しかし、一度、棄却判定を受けてしまえばそれを覆すことは基本的に不可能なのが、サイエンスの世界である。
暫くの間、私も彼も口を利くことが出来ないほど打ちのめされた。
しかし、論文が無ければ学位は出せないため、比較的審査時間が短い国際誌を選定して再度投稿を試みた。1か月程時間が過ぎた頃に審査結果が送られてきた。審査結果が記されている文章が長い!直感的に嫌な予感がするのである。印刷してみると5ページにも及ぶ長いコメントであった。先ずは、何日もかけて彼と一緒にじっくりとコメントを読み込む。審査内容は実験結果に関する詳細な疑問や、データーの解釈に関しての疑問や、審査委員からの持論までもが展開されていた。ただ、指摘内容は膨大ではあるが、批判的では無く建設的な匂いがするのであった。
しかし、審査員の論理では我々の実験結果を上手く説明できない点があり、このままでは論理の展開として大きな問題が残った。さて、どうするか?
審査員の指摘に従って論文を書き直すか?それとも別の雑誌に再度投稿するか、思案のしどころである。 結果として、私達はこのままこの審査委員と戦うことに決めた。初めに論文を投稿する時に、我々も気が付いていたが、どうしてもデーターを上手く解釈出来ないところがあった。この点に関しては説明を諦めての投稿であったが、この点の解明無くしての論文の再投稿は困難に直面していた。そこで、全てのデーターの再解析を行うことにした。次に、出てきたデーターの意味を調べなくてはならない。そのためには過去の膨大な論文を調べ、我々の実験結果から得られた遺伝子や化学物質との関連を注意深く探り直し、なぜこの遺伝子や蛋白質が高く発現しているのか?そして、その意味を過去の論文との関連から探る作業に臨んだ。数ヵ月の時間を要したが、初めに投稿した論文とは全く異なった作品に出来上がった。
一つ一つのデーターを吟味し、何時間も議論しながらデーターの意味を抽出して行く作業で、今まで説明出来ず、何となく曖昧にしていたものが、すっきり見えてきたのだった。
なんと美しい!一つ一つのデーターが綺麗に繋がり、大きな絵が出来上がっていく様相を目の当たりにして、私も彼も鳥肌が立った。
当然、全く前作とは異なったものに仕上がった論文は、審査員からの賞賛を受けてそのまま受理された。
しかし、初めにこの論文を投稿した時に、誰もが望むように、もしそのまま論文が通ってしまったら!
今考えると恐ろしくて身の毛がよだつ。もしそうなら何も説明できない結果になったのだろう。且つ、一度手を付けて処理してしまったものは、その既成概念が頭に残り、次に手を付けることはよほどのことが無いかぎり有り得ないのである。つまりはこの研究は迷宮入りしてしまうのである。
面白いことに、ここまでに辿り着けたのは、4ヵ月半もかけられてほとんどコメントも無く棄却してくれた論文があったから、こそなのである。あれだけ早く論文が受理されることを願いながらも、実はその逆こそが我々を救う道に繋がっていたとは、正に人生である。
誰もが、人より早く昇進や物事の達成を願い、そして安楽に人生を過ごせることを願う事であろう。しかし、晩年に振り返った時、罵りと怒りにまみれた人生の中でこそ、得られた輝きに気が付くのだろうと思う。
だがしかし、そうは判っていても、目の前に立ちはだかる困難にどのように対応していけばいいのか万人が苦しむのである。
しかし、明日を信じながら、ただ、ただ前向きに努力することしかないのだとう事を教えられた1年であった。